仲見世通りの店をひとつひとつ回っていく。 和菓子屋、茶器屋、呉服屋、食堂、瀬戸物屋と頼み込んでみるも、どこも雇ってくれる気配すらない。 陽は落ちかけ、店を回るだけでほぼ1日を使い果たしてしまった。 またもや断られた茶屋で一休みしていると、苦笑しながら店主が近づいてきた。 「うちみたいな茶屋とは違うんだけどねぇ、少し風変わりな喫茶店でよけりゃ雇ってくれるかもしれないよ」 「本当ですか!」 断ったお詫びにと差し出された紅茶に伸ばしていた手を止めて店主に詰め寄る。 リフィの気迫に仰け反りつつ店主が言うには、仲見世通りの終わりに外国人奴隷がやっている喫茶店があるというのだ。 今の瑞祥帝国で、外国人奴隷や外国人奴隷の血を引く日系奴隷が店を持つということは珍しい。 しかも、最近まで一緒に店を切り盛りしていた人間が辞めてしまったらしく、1人で店をやっているという。 「なかなか繁盛している店だから、人手が足りなくて困っているかもしれないし」 有力な情報を手に入れ、リフィは意気揚々と教えられた店へ向かった。 空の橙がゆっくりと深い紺に飲み込まれていく刻限。 目的の店に辿りついたものの、リフィは入っていいものか悩んでいた。 リフィの中で喫茶店と言えば、食事や酒が出て、尚且つ、女給が客の相手をするところだったのだが、この店はどうやらそうでもないようなのだ。 店内では店主と思われる人物が割烹着を着てカウンターの中に立ち、珈琲を喫する客と楽しげに談笑している。 風変わりで繁盛している喫茶店と聞いてはいたものの、リフィの想像とはまったく違っていた。 客の相手をしているのは女給ではなく、店主で、しかも男だ。 そういう店なのかと少し尻込みをするも、近づく夜の気配に、せめて今日泊まるところだけでも確保しなければと思い切って店のドアを開けた。 「いらっしゃいませ」 喫茶 夕陽のような温かい色の その明かりに照らされながら、 人当たりの良さそうなその笑顔にリフィは何故か固まってしまった。 店の雰囲気とは裏腹に、どこか探られているような居心地の悪さを感じる。 入り口で立ち尽くすリフィに、カウンターに座っていた身形の良い白髪の老人が声をかけた。 「どうなさったかな?」 「シスレーの値踏みはいつものこった、気になさんな」 ついで口を開いたのは、先の老人の隣に足を広げて堂々と座っているがたいの良い老人だ。 そのまた隣で珈琲を啜った小柄な老人はカウンターに肘を付くと、ふんと鼻を鳴らした。 「誰にも感心ないくせにじろじろ見るんじゃないわい」 小柄な老人を宥めるように、がたいの良い老人が背中を撫でる。 どうやら店主の名前はシスレーというらしく、当のシスレーは少しだけ困った顔で笑い、すぐにリフィに向き直った。 「お好きな席にどうぞ」 外国人とは思えない流暢さで事務的な言葉を口にすると、手元に視線を落し、何か作業を始めてしまった。 カウンターで身を寄せるように座る3人の老人と黙々と作業をするシスレーをじっと見つめながら彼らがよく見える席に腰を下ろした。 持っていた牛革の鞄を足元に置きながらもシスレーを見続ける。 長く伸ばした髪を三つ編みにしていること、割烹着を着ていること、気になる部分はたくさんあった。 暫く見つめているとリフィはあることに気づいた。 シャツの襟に隠れて見えにくくなっているものの、シスレーの首筋に傷のようなものがある。 何なのだろうと目を細めていると、先程の老人たちが話しかけてきた。 「大きな荷物だなぁ、家出かい?」 がたいの良い老人は、くるりと椅子を回してリフィに向き直った。 豪快に笑いながら疎らに生えた髭を撫でてリフィの足元にある鞄を見ている。 「家出なんかするもんじゃない、ここは軍警も当てにならんとこじゃ、死にたくなかったら家に帰れ」 「初めまして、私は 小柄な老人の言葉に、穏やかな表情で矢木と名乗った身形の良い老人が言葉を被せる。 そのことに噛み付かんばかりに椅子から立ち上がるも、がたいの良い老人に宥められ席に着く。 矢木に倣うように、がたいの良い老人はにこやかに 「あたしは、リフィです」 源に顎で自己紹介を促され、座りなおして口を開く。 3人はリフィの名前を繰り返しては新しい友人が出来たと各々喜んでいるようだ。 カップを拭きながらその様子を楽しそうに見ていたシスレーとふと目が合った。 最初に向けられた目つきとは違う温かでどこか壁のあるものだ。 「何になさいますか?」 「あ、じゃあ、珈琲を」 「それでリフィ坊、お前は家出してきたのか?」 注文の途中で長谷が口を挟んできた。 それに対して矢木が諭すように注意し、矢木の言葉に源が食らいつく。 いつもこのような落ち着きのない3人なのだろう。 シスレーは何ともないように珈琲を淹れ始めている。 長谷の質問に答えようにも、梅雨時の雨のように絶え間なく話す老人たちに、リフィはすっかりタイミングを失っていた。 口を開いたまま言葉を紡げない苛立ちと、仕事を見つけなければ今晩は野宿をしなければならない現実に、意を決して声を発する。 「働く場所を探してるんです、ここで働かせてください!」 思わず出た声は予想より大きなもので、4人は勿論のこと、リフィ自身も少し驚いた。 暫しの沈黙の中で、シスレーがカップに珈琲を注ぐ音だけが響く。 3人の老人はゆっくりと顔をシスレーの方に向けてじっと見つめているようだ。 その証拠に、見つめられているシスレーは必死で目を合わせないようにしている。 「雇ってあげぇ、シスレー」 「そうですよ、日も暮れているのにここで放り出すのは男の恥です」 「遥ちゃんいなくなって寂しいだろうがよー」 刺さるような視線から逃げるようにリフィの頼んだ珈琲を盆に乗せてカウンターから出る。 カップをリフィの前のテーブルに置くと困り顔で笑む。 「申し訳ないのですが、この店では人を雇うほどの余裕は…」 「嘘吐け、この守銭奴」 「源さん黙って」 源の横槍にすかさず言い返すとシスレーはリフィを再び見つめた。 断られるのかと落ち込みながら見つめ返すと先程の困り顔とは違う表情が見て取れた。 それは何か不可思議なものを見るような。 次の瞬間、シスレーは躊躇うことなくリフィの胸に触れていた。 「!?」 理解の範疇を超えたシスレーの行動にリフィは何も言えずただ目を見開くばかりで その様子を見守っていた3人の老人たち同様に固まっていた。 「女の子…」 きょとんとしたままリフィの胸から手を離し、暫くその手を眺めていたシスレーは、誰に訊ねるわけでもなくぽつりと呟いた。 「そりゃ女の子だろう!」 「何見てたんですか貴方は!」 「このボケェ!」 「あぁ…男の子の気配がしたもので」 老人たちから浴びせられる罵倒に情けない苦笑を浮かべながら頭を掻くシスレー。 無遠慮なことをされたのだから当然怒ってもいいところだが、当のリフィはシスレーの言葉にどこか嬉しそうに表情を明るくしていた。 女の匂いのする偽りの姿ではない、本当の自分を見てもらえたような気がしたからだ。 引き続き罵倒を背中に浴びながらシスレーはリフィに柔らかな笑みを向け、右手を差し出す。 「どうぞよろしくね」 「この女好きめ!」 「源さん黙って」 本日2回目のシスレーと源のやりとりにくすりと笑いながらリフィはその手を握った。 喫茶 ☜ ◊ ☞ |